下肢静脈瘤とは足の血管がふくれてこぶの様になる病気です。“すばこ”と呼ぶ地域もあります。良性の病気ですので、治療をしなくても健康を損なうことはありません。しかし、自然に治ることはありませんので、足にこぶの様な血管が目立つ見た目の問題、だるさやむくみなどの症状が日常的に起こり、患者さんを苦しめます。重症になると、湿疹ができたり、皮膚が破れたり(潰瘍)、出血をおこすことがあります。
下肢静脈瘤は足の“血管”の病気です。血管には動脈と静脈の2種類があり、下肢静脈瘤は静脈の病気です。足の静脈の役割は、心臓から足に送られ使い終わった汚れた血液を心臓に戻すことです。重力に逆らって足から心臓に血液を送らないといけないので、静脈の中には“ハ”の字型の弁があり、立っている時に血液が足の方に戻ってしまう(逆流)のを防いでいます。下肢静脈瘤は、この静脈の弁が壊れることによっておこる静脈独特の病気です。弁が壊れてきちんと閉まらないために下流の静脈に血液がたまり、静脈がこぶ(瘤)のようにふくれてしまいます。また、汚れた血液が足にたまるために、むくみやだるさなどの症状が起こります。弁が壊れる原因には遺伝や妊娠・出産、長時間の立ち仕事などがあります。
下肢静脈瘤のおもな症状はふくらはぎのだるさや痛み、足のむくみなどです。これらは1日中おこるのではなく、長時間立っていた後や、昼から夕方にかけておこります。夜、寝ているときにおこる“こむら返り(足のつり)”も下肢静脈瘤の症状です。また、皮膚の循環が悪くなるため、湿疹や色素沈着などの皮膚炎をおこす事があります。皮膚炎が悪化すると潰瘍ができたり、出血することがあります。
これらの症状が、長い時間立っている時や昼から夕方におこる。右と左で症状の程度が違うことが多い。
しかし、足の症状が全部、静脈瘤のせいかといえば、そういうわけではありません。静脈瘤が多い50-60歳ぐらいの方は、変形性膝関節症や脊柱管狭窄症などの整形外科の病気のこともよくあります。
足の症状 | 考えられる病気 |
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足が冷える、冷たい | 閉塞性動脈硬化症、冷え性 |
階段の登り降りがつらい 正座ができない |
変形性膝関節症 |
歩くとふくらはぎが痛くなる | 脊柱管狭窄症 |
冬になると両足がかゆい | 老人性乾皮症 |
両足がむくむ | 加齢、生活習慣 |
下肢静脈瘤は皮膚から静脈が大きく盛り上がる“伏在型(ふくざいがた)静脈瘤”と、それ以外の軽症静脈瘤に分けられます。伏在型静脈瘤は徐々に悪化して静脈のこぶが大きくなり、盛り上がります。だるさや疲れなどの症状が起こるのもこのタイプで、進行した場合は手術による治療が必要になります。
軽症静脈瘤の代表は、”くもの巣状静脈瘤”で、赤い血管がクモの巣のように皮膚にひろがって見えます。中高年の女性の方に多く、症状はほとんどありません。くもの巣状静脈瘤が進行して伏在型静脈瘤になることはありません。しかし、くもの巣状静脈瘤と伏在型静脈瘤が同時におこることがあるので、伏在型静脈瘤があるかどうかを超音波検査で調べます。
昔、下肢静脈瘤は静脈造影検査(ベノグラフィー)という検査で診断されていました。静脈造影検査は足の静脈に造影剤を注射して、レントゲンで撮影する方法です。造影剤は腎臓に悪影響があり、レントゲンによる被爆もあるため、繰り返し行うことが難しく、また足の甲に注射をするので痛みが強い検査です。
その代わりに、最近では超音波検査(エコー検査)を行います。超音波検査は肝臓や胆嚢の検査と同じ検査で、ゼリーをつけて体の表面から静脈の状態を調べます。肝臓の検査と違うのは、立ったまま行うところです。静脈造影検査と違って体への負担がなく、痛みがないため繰り返し行うことができ、血液の流れが見えるので静脈弁の異常があるかどうかが正確にわかります。静脈超音波検査の欠点は、特殊な検査になるので熟練した医師か、検査技師しか行えないことです。当院では医師だけではなく、専門の検査技師が年間5000件以上の静脈超音波検査を行っています。
超音波検査
下肢静脈瘤の治療法には弾性ストッキングを使う圧迫療法、注射で静脈を固める硬化療法、そして手術の3つがあります。手術には、静脈を引き抜くストリッピング手術と、レーザーで静脈を焼く血管内レーザー治療の2つがあります。それぞれ良い点と悪い点があり、治療後の痛みの程度や治療費に差があります。大切なことは静脈瘤のタイプと程度を正しく診断し、ご本人の年齢や生活習慣と希望をよくうかがって、適切な治療法を選択することです。当院では下肢静脈瘤の全ての治療を行うことができ、特定の治療を強くお勧めすることはありません。
来院される患者さんが最も心配されているのが、静脈瘤があると血のかたまり(血栓)が飛んで脳梗塞や心筋梗塞をおこすのでは?ということです。答えから申し上げると“血栓を心配する必要はありません”です。
一般に静脈瘤の血栓とは“深部静脈血栓症(DVT)”のことで、この血栓が移動して肺の血管に詰まった場合(肺塞栓症)、“エコノミークラス症候群”と呼ばれます。よくマスコミで静脈瘤がエコノミークラス症候群をおこすと報道されるために、このような心配をされる方が大勢おられます。これは、静脈瘤の患者さんはエコノミークラス症候群をおこす危険性が高い、という海外の論文がもとになっています。しかし、この結果は日本人にすぐに当てはまるものではありません。また私たちは1年に数千人の静脈瘤の患者さんを診察していますが、実際にエコノミークラス症候群をおこしている方はほとんどありません。したがって、“下肢静脈瘤”=“エコノミークラス症候群”と考える必要はありません。
静脈瘤の方は全員、治療が必要なのでしょうか?静脈瘤は良性の病気です。ほおっておいても血栓の心配はなく、全身への影響はありません。下肢静脈瘤の治療が必要な場合は1)外見が気になるか、2)症状があって、つらい、3)皮膚炎をおこしている、場合にかぎります。逆に言えば見た目が気にならず、症状や皮膚炎がなければ治療は必要ありません。いくら静脈がぼこぼこになっていても静脈瘤が破裂して出血したりすることはありません。弾性ストッキングを履いたり、足を高くして寝たりする努力も必要ありません。ただし、若い方(40歳未満)で、立ち仕事の方は、現在、症状がなくても、将来必ず悪くなりますので、治療が必要な場合があります。