治療について
グルー治療は、瞬間接着剤(アロンアルファ)を注入して静脈をふさいでしまう治療です。瞬間接着剤を使うため、英語で糊を意味するグルー(glue)治療と呼ばれています。従来のレーザーやラジオ波治療は、静脈の中からレーザーを照射したり電流を流して熱を発生させて静脈を焼いてふさぎます。そのため、静脈を焼くことによる合併症がおこります。しかし、グルー治療では静脈を焼かないので、これらの合併症がほとんどおこりません。また、レーザーやラジオ波治療では、治療する静脈のまわり全体に特殊な局所麻酔(TLA麻酔)が必要でしたが、グルー治療では必要ありません。グルー治療は欧米では、熱やTLA麻酔を使わないという意味のエヌティーエヌティー(non-thermal non-tumescent:NTNT)治療と呼ばれています。
血管内焼灼術 (熱を使う治療) |
エヌティーエヌティー 治療 (熱を使わない治療) |
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レーザー治療 ラジオ波(高周波)治療 |
グルー治療 |
日帰り手術 | 日常生活の制限 | 治療成績 | 保険適用 | |
高位結紮術 | ◯ | ◯ | ×〜△ | 適用 |
ストリッピング手術 | △ | △ | ◎ | 適用 |
レーザー治療 ラジオ波治療 |
◯ | ◯ | ◎ | 適用 |
グルー治療 | ◎ | ◎ | ◎* | 適用 |
* 治療後5年目まで
グルー治療は一般名で正式名称ではありません。欧米ではcyanoacrylate closure (CAC), cyanoacrylate embolization (CAE)などと呼ばれています。Cyanoacrylate(シアノアクリレート)は治療に使われるグルーの主成分で、日本語では“シアノアクリレートによる静脈閉鎖術”という意味になります。現時点ではグルー治療には正式名称はありませんが、日本静脈学会では当面“シアノアクリレート系接着材による血管内治療”という名称を使用することにしています。おもにトルコ製の製品を使ったグルー治療をスーパーグルー治療と呼んでいる場合がありますが、基本的には同じ治療です。一般的にはグルー治療と呼んで差し支えありません。
グルー治療は、アメリカのRaabe 医師が医療用接着材を下肢静脈瘤の治療に応用できないかと考えたのが始まりです。最初のアイディアはレストランでランチョンマットの裏に書かれたそうです。その後、Raabe 医師達は2007年にSapheon 社を設立し、グルー治療のキット(商品名:ベナシール)を開発しました。ベナシールは、動物実験や人間での臨床試験を行った後、2011年にヨーロッパ、2015年にアメリカ食品医薬局(FDA)、2019年に日本で認可され、世界 56か国(2019 年時点)で使用されています。 ベナシール以外のグルー治療として、トルコ製の製品(VariClose、VenaBlock、Venex)が2015年頃よりヨーロッパで認可されています。現在、日本で保険適用となっているのはアメリカ製のベナシールのみです。
グルー治療のグルーは、市販されている瞬間接着剤(アロンアルファ)と基本的に同じものです。主成分は1940 年代に開発されたシアノアクリレート(cyanoacrylate)という物質で、水に触れると急速に固まって物質を接着します。人体へ初めて使用されたのはベトナム戦争の時で、スプレー型の製品が兵士の止血に使われています。その後、傷の接着や胃静脈瘤、脳動静脈奇形の治療に応用され、現在までに50年以上の歴史あります。日常生活でもまつ毛エクステンションや人工爪、コスプレのかつらの固定などに使用されています。保険認可されているベナシールのグルーは、静脈瘤の治療に適切な粘り気をもち、固まっても硬くならず、ゆっくりと分解され、有害物質が発生しないように調整されています。
からだの中に入れたグルーはどうなるのでしょう?グルーがからだの中に入ると異物反応という炎症がおこり、静脈はふさがります。その後、ゆっくりと細かく分解されていきますが、5年以上はからだの中に残っていることが確認されています。長期間からだの中に残っても、他の場所に移動することはなく、発がん性はありません。
利点としてはカテーテルを入れる場所の局所麻酔だけで治療ができ、治療後に弾性ストッキングを履く必要がなく、すぐに日常生活に戻って運動をしたり飛行機に乗れる、などがあります。仕事が忙しく出張が多い、日常的にゴルフ、テニスや水泳をしている、手や足が悪く弾性ストッキングが履けない方にむいている治療です。
しかし、グルー治療は優れた治療ですが、欠点もあります。治療が必要な静脈がからだの表面に近かったり、曲がりくねっている場合、太い場合は、治療が難しい場合があります。グルーのアレルギーがおこることがあるので、アロンアルファのアレルギーがある方は治療がうけられません。グルーは長期間体内に残るので、膠原病、アトピー、シックハウス症候群、アレルギー体質など、免疫系の病気がある方は治療が難しい場合があります。
利点 | 欠点 |
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グルー治療は局所麻酔だけで治療できるので、外来の手術室で行います。治療時間は約30分です。局所麻酔で静脈に針を刺し、針穴からカテーテルを静脈の中に入れます。カテーテルにつながったグルーガンでグルーを注入し、エコーのプローブで上から押して静脈をふさぎます。治療が終了したら、カテーテルを抜いて絆創膏を貼れば、治療は終了です。
静脈の中に入れたカテーテルにつながったグルーガンでグルーを注入し、エコーのプローブで上から押して静脈をふさぎます。
STEP1 | 初診 | |
・問診・視診・触診 ・エコー検査 ・治療が必要との診断なら治療の予約 |
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STEP2 | 術前検査 | |
・心電図・血液検査 ・治療当日の説明 |
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STEP3 | グルー治療 | |
・治療は約30分 ・治療後は電車・バスなど公共交通機関で帰宅可能 |
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STEP4 | 術後再診 | |
・術後1週間・1ヶ月・3ヶ月・1年 ・術後の経過観察 ・エコー検査 |
グルー治療は年齢や下肢静脈瘤の重症度に関係なく、ほぼすべての方が日帰りで行うことができ、入院は必要ありません。治療が終わったら、そのままご自分で歩いて帰宅していただき、その日から普通に日常生活を送ることができます。肉体労働の場合でも当日から仕事に復帰できます。傷はカテーテルを通した針穴だけなので抜糸はなく、当日からシャワーを浴びていただくことができます。
生活 | いつからできる? |
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日常生活 | 手術当日から |
車の運転 | 手術当日から |
事務仕事 | 手術当日から |
シャワーを浴びる | 手術当日から |
肉体労働・立ち仕事 | 手術当日から |
自転車に乗る | 手術当日から |
長時間の正座 | 手術当日から |
通常のスポーツ | 手術当日から |
入浴 | 1日後から |
温泉、プール | 1日後から |
フルマラソン・激しいスポーツ | 1週間後から |
*手術の翌日が1日後です。
*あくまでも目安です。手術後の経過によって日数は前後します。
グルー治療は基本的に安全な治療で、重大な合併症はほとんどありません。おもな合併症として、静脈炎、アレルギー、深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)、血栓性静脈炎、神経障害、感染などがあります。
合併症 | 頻度 | 解説 |
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1. 静脈炎 | 約10% | 最も多い合併症。治療後、数時間から2週間にグルーを注入した太ももが腫れ、赤くなり痛む。 通常、自然に収まるが、鎮痛剤が必要な場合もある。 |
2. 血栓性静脈炎 | 約5% | 治療数日後に治療前に目立った静脈瘤が硬く触れ、赤くなり痛む。 グルー治療では表面の目立った静脈瘤は切除しないので、残した静脈瘤の中の血液が自然に固まって血栓性静脈炎をおこす。 痛みは1週間前後で自然に収まるが、しばらくの間、しこりが残り、押すと痛む。 |
3. アレルギー | まれ | 治療後1−2週間にグルーを注入した太ももが静脈炎と同じように赤くなり腫れ、かゆくなる。ひどい場合は全身に蕁麻疹がおこる。 抗アレルギー剤やステロイド剤で治療する。まれに、何回もアレルギーを繰り返す場合は、注入したグルーを切除しなければいけない場合がある。 |
4. 深部静脈血栓症 (エコノミークラス症候群) |
1例のみ 報告 |
深いところにある深部静脈の中に血栓(血のかたまり)ができ、足がむくむ。 グルー治療では、熱を使って血管を焼かないので、レーザーやラジオ波治療と比べて血栓ができにくいと言われている。 |
5. 神経障害 | まれ | 皮膚の感覚が部分的ににぶくなる。 グルー治療では熱を使わないので、神経障害はほとんどおこらない。まれに、カテーテルを入れる時や静脈瘤を同時に切除する時に、神経障害がおこることがある。 |
6. 感染 | まれ | 注入したグルーに細菌が感染すると炎症がおこり、足が腫れ、赤くなり痛む。 抗生物質で治療するが、治りにくい時はグルーを外科的に切除しなければいけない場合がある。元々、足に感染がある場合は、グルー治療は行えない。 |
グルー治療は始まって日が浅いので、長期間の治療成績はまだわかっていません。最も長期間の研究で治療後5年間ですが、現時点までグルー治療と従来のレーザーやラジオ波治療と治療成績には差がなく、どちらが優れているというわけではありません。別の言い方をすれば、グルー治療は従来の治療よりも身体に負担が少なく、楽に治療ができるのに、同じ治療効果があるということです。
米国製のベナシールを使ったグルー治療は保険適用です。治療の保険点数は14,360点、金額として14万3,600円で、それに治療に使用する麻酔薬や診察料を加えた金額が治療費になります。その金額に、患者さん自身の自己負担割合をかけたものが自己負担額になります。3割負担の方で、通常、約5万円になります。
治療方法 | 自己負担額* | 保険点数(1点=10円) |
グルー治療 (片足) |
約5万円 | K617-6 下肢静脈瘤血管内塞栓術 14,360点 |
レーザー治療・ ラジオ波治療 (片足) |
約4万円 | K617-4 下肢静脈瘤血管内焼灼 10,200点 |
ストリッピング手術 (片足) |
約4万5,000円 | K617 下肢静脈瘤手術 1抜去切除術 10,200点 K617-2 大伏在静脈抜去術 10,200点 |
*3割負担の場合
瞬間接着剤(アロンアルファ)にアレルギーがある方は、グルー治療は受けられません。瞬間接着剤は、まつげエクステンション(まつエク)やつけ爪で使われますので、これらの施術の際にかぶれたりかゆみがあった方はグルー治療が受けられません。また、職業的にアロンアルファを使っているまつエクの施術者やネイリストの方は、ご自身が知らないうちにアロンアルファのアレルギーになっている場合があるので、注意が必要です。さらにアロンアルファは体内で分解されてホルムアルデヒドを発生するので、ホルムアルデヒドにアレルギーのある方(シックハウス症候群)は、グルー治療は避けた方がいいと考えられます。その他、サルコイドーシス、全身性エリテマトーデス(SLE)、膠原病やアトピーが悪化している時期にはグルー治療は避けなければいけません。
グルー治療は、従来のレーザーやラジオ波治療よりも身体に優しい治療なので、高齢の方でも楽に治療を受けることができます。しかし、すべての方にとってグルー治療が向いているわけではありません。患者さんの症状と下肢静脈瘤のエコー検査に加えて、患者さんの希望を伺って、最終的に最も良い治療方法を選択しなければいけません。診察の結果によっては、グルー治療以外のレーザー(ラジオ波)治療やストリッピング手術をお勧めする場合もあります。いずれにしても、治療を行うのかどうか、治療を行うとしたらどの様な治療を行うのか、主治医と良く相談されることをお勧め致します。本ホームページが、患者さんにとってより良い治療を選択するための一助となることを切に希望します。
2020年8月31日
お茶の水血管外科クリニック 院長
広川雅之